fc2ブログ

今朝の私

Young_Girl_in_a_Blue_Dress_convert_20200518131743.jpg
Young Girl in a Blue Dress, Auguste Renoir, The Metropolitan Museum of Art

画家が描いた絵画はほぼ永久にそのままで保存されている。絵の中の人物が動き出すことはないし、年を取ることもない。ヒトは、自己も変化せずに常に保存されているという暗黙の前提に立っている。だから、周りの時間の方が流れて事物が変化するように感じてしまう。しかし、時間は流れない。変化するのは事物の連なりの方だ。そして、実際には自己の意識もまた絶えず変化している、とされる。

アリゾナ州立大学教授ポール・デイヴィス著「生物の中の悪魔」(SB Creative)によれば、時間は流れない。では、実際に流れるのは何だろうか?それは、瞬間ごとに変化するつかの間の自己の意識だ。時間が流れたり経過したりするという思い違いの源は、自己は「保存されている」という暗黙の前提にさかのぼることができる。人は当然、「自分」は瞬間から瞬間へと持続していて、世界の方が「時間が流れる」せいで変化するのだと考える。しかし、今日の「あなた」は昨日の「あなた」とは違う。もちろん、今日のあなたと昨日のあなたとのあいだには、きわめて強い相関関係がある。共通する大量の情報が存在する。しかし、自己は保存されているわけではない。「自己」というのは、保存された情報が作る、ゆっくりと変化する複雑なパターンであって、その情報は後からアクセスすることができ、新たな認識と合致させるためのテンプレート情報となる。時間の流れという幻想は、必然的なわずかな不一致に根ざしている、という。

朝目覚めたとき、自分は何者かというところからスタートする人はまずいない。「自己」が「テンプレート情報」でないならば、ヒトは絶えず自分自身について、あるいは自己と環境・周りの人々との関係についての情報を一から吟味し続けなければならなくなってしまう。だが、そんなことをしていたらヒトが今日まで命をつないでくることは不可能だったろう。たちまち捕食者の餌食になるか事故にあってしまう。個々の判断についてもそうだ。ヒトは自分がこれまでの経験の中で確立したものを基準にして物事を判断することが多い。判断の基準が絶え間なく変わるようだと、安定した正しい判断を素早く行うことができない。だから、自己は常に保存されていて不変だという前提に無意識のうちに立っている。不変だという前提で行動するのは結果として概ね正しいことになる。しかし、実際には外界にある事物も、自分自身も絶えず変化している。昨夜の私と今朝の私とは、厳密にいえば異なっている。そうでなければ、乳児が大人にまで成長することもできない。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

ヒトの歴史

Windflowers_convert_20200518131556.jpg
Windflowers, Ruger Donoho, The Metropolitan Museum of Art

アネモネにとって、そしてコペルニクス以前の人々にとって、大地は動かないように感じられるかもしれないが、実際には地球は動いている。しかし、その地球が動いても、地球を存在させている空間そのものは動かない。同様に時間そのものも動かない。「時間が逆向きに流れる」としばしば表現されるのは、正しくは、通常の方向性を持った物理的連なりが不変の時間の中で逆転する、ということだ、とされる。

アリゾナ州立大学教授ポール・デイヴィス著「生物の中の悪魔」(SB Creative)によれば、時間は決して動かない。時計は事象同士の時間間隔を測っているにすぎない。その方法は、時計の針の位置と世界の状態を関連づけるというものだ。おおざっぱに「重力によって時間が遅くなる」とか「地球上よりも宇宙空間の方が時間は速く進む」などと説明されることがあるが、実際には、宇宙空間にある時計の針が、地球上にあるそれとまったく同じ時計の針と異なる速度で回転するという意味だ。中でも最も誤用されているのが、「時間が逆向きに流れる」という言葉だ。そもそも時間は流れない。この言葉を物理学的に正しく解釈するなら、次のようになる。たとえば地震の最中に瓦礫がひとりでに集まって建物になるといったように、通常の方向性を持った物理的連なりが(不変の)時間の中で逆転する、ということだ。「逆向きに進む」のは、時間そのものではなく、状態の連なりの方なのだ、という。

時間は映画のスクリーンそのもののようなもので、動かない。映画で動いているように見えるのは、スクリーン上に映し出される、連続的な場面の方だ。スクリーン自体は動いていない。同様に、物理的世界で動いているのは事象の方であって時間ではない。通常の流れと反対に、場面が、床の上に散乱した卵の殻や黄身、白身から、テーブルの上に危うく乗っている一個の卵に徐々に変化したならば、時間が逆向きに進んだと言いたくなるが、正確には、落下して割れるという卵の物理的な変化が不変の時間の中で逆向きに進んだということだ。伊能忠敬が18年、4万キロメートルにもわたって日本全国の沿岸を測量したとき、時が流れたと一般的には表現されるだろうが、時間は背景の如く動いてはいない。動いたのは明らかに伊能忠敬の方だ。忠敬の死後、弟子たちが伊能図を完成させ、その偉業と隠居後の見事な過ごし方とは、物理的時間にではなく、ヒトの歴史に刻まれることになった。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

信長も三成も

View_of_Yosemite_Valley_convert_20200518131500.jpg
View of Yosemite Valley, Thomas Hill, The Metropolitan Museum of Art

ヨセミテの絵や写真を見ると、今どんな場所にいたとしても、巨大な岩壁、滝、ジャイアントセコイアの森、湖、草原等の美しい景色の中に心は忽ち移動してしまうかもしれない。移動といえば、嗅覚のシステムにも電子のトンネル効果が関係していると考えられている。嗅覚のシステムは二重になっている。一つは、匂い分子が鼻の中の分子受容体に鍵と鍵穴のように結合するものだ。もう一つは、匂い分子の電子のエネルギーが受容体のエネルギーレベルと合致していると、トンネル効果が容易に起こり、鼻の中にいわば明かりが灯るというものだ。少なくともショウジョウバエは、分子の形は同じだが振動周波数が異なる、水素を含む匂い分子と重水素を含む匂い分子とを嗅ぎ分けられる、とされる。

アリゾナ州立大学教授ポール・デイヴィス著「生物の中の悪魔」(SB Creative)によれば、鼻の中には、分子受容体という、それぞれ異なる特有の形のくぼみを持った分子が多数存在している。空気中の分子がそのくぼみにはまる形をしていると、それと対応する受容体に、ちょうど鍵と鍵穴のように結合する。結合すると、「シャネルの五番だ!」といったシグナルが脳に送られる。これは単純化した説明であって、匂いを識別する際には通常、何種類もの受容体からのシグナルが組み合わされる。しかし鍵と鍵穴という単純なモデルには、難点がいくつかある。大きさと形が似ているのに匂いがまったく違う分子がある。違う分子なのに匂いが似ているものもある。もっと細かいレベルの識別が働いているに違いない。ルカ・トゥリンは、匂い分子から受容体へ電子がトンネルしているのではないかと提唱した。トンネルする電子が匂い分子の振動エネルギーの量子を吸収し、それを受容体に送り届ける。その電子のエネルギーが受容体のエネルギーレベルと合致していると、トンネル効果が容易に起こり、鼻の中にいわば明かりが灯る。水素原子を重水素原子に置き換えると、分子の形は同じままだが、振動周波数が低下する。トゥリンは、ショウジョウバエが、水素を含む匂い分子と、重水素を含むそれと同じ分子とを嗅ぎ分けられることを発見した。また、重水素化したその分子を避けるようショウジョウバエを訓練したところ、その重水素化した匂い分子と一致する振動モードを持つ、無関係な分子も遠ざけることが分かった。いずれの結果も、振動の情報の量子トンネル効果が、少なともハエの嗅覚の鍵であるという説を支持している、という。

酸化やATP合成、光合成に加えて、嗅覚のシステムにおいても量子トンネル効果が働いているという。ショウジョウバエの嗅覚には鍵と鍵穴方式のシステムと量子トンネル効果を利用したシステムの二つのシステムが働いている。後者によってショウジョウバエは、分子の形は同じでも、振動周波数が異なる、水素原子を含む匂い分子と重水素原子を含む匂い分子との微妙な違いを嗅ぎ分けられるという。それは、ショウジョウバエがそのような区別をする必要にかつて迫られていたか、あるいは今も迫られているということだ。食料探索、捕食者回避、パートナー探しのいずれであるのかは不明だが、そのような重要な判断にあたっての、振動周波数による区別であろう。ヒトでも同じことだ。一般の人が区別していなくても、必要に迫られて、イヌイットは様々な雪を区別すると言われるし、木工職人はたくさんの種類の鉋を区別して使っている。織田信長も石田三成も、誰が裏切る部下かを事前に区別したかったに違いない。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

長期的視野

Underneath_Niagara_Falls_convert_20200518131409.jpg
Underneath Niagara Falls, Ferdinand Richardt, The Metropolitan Museum of Art

ナイアガラの滝を流れ落ちる大量の水の運動については、いかに壮大であっても、古典力学で十分説明できるだろう。植物の光合成は小さなありふれた現象だが、それで説明できないところがある。光合成において、植物の葉に吸収された光子が「励起子」を作り、その励起子が最適の経路をたどって反応中心まで1000兆分の300秒という超スピードでエネルギーを送り届けるところには、量子的現象が関係している、とされる。

アリゾナ州立大学教授ポール・デイヴィス著「生物の中の悪魔」(SB Creative)によれば、光合成の場合、一個ずつやってきた光子は、ある種のクロロフィルの中に詰まっている集光アンテナの束のどこかに吸収される。光子が吸収されると、アンテナ分子から電子が一個飛び出して、その跡に正の電荷を持った「ホール」が残る。それでも電子は分子の中に閉じ込められているので、自由に飛んでいくことはない。かなり大きな軌道を取ってホールと緩く結合したままだ。この構造を「励起子」という。励起子自体、波のような性質など、多くの点で量子的粒子に似た振舞いを示す。そして電子ではなくこの励起子が、「FMO複合体」の中を移動していく。FMO複合体は光合成において電線の役割を果たす。FMO複合体は互いに1.5ナノメートル離れた8個のサブユニット分子から構成されていて、そのサブユニットは、タンパク質の足場に固定されたクロロフィルからできている。励起子はすべての選択肢を同時に選り分けて、反応中心までの最適の経路をたどる。あるいは、FMO複合体中の複数の分子にわたって強め合う干渉が起こり、コヒーレントな励起子が効率を最適化して反応中心にエネルギーを送り届け、反応中心で周囲の分子の中に消えていく。そこまでにかかる時間は約300フェムト秒だ(1フェムト秒は1000兆分の1秒)、という。

酸化やATPの合成に加えて、光合成においても、励起子が反応中心に超高速でエネルギーを送り届けるというところで、トンネル効果が関係している。動物も植物も、その体内においてトンネル効果という量子的現象を利用しながら、生命活動を行っていることになる。地球が誕生してから十数億年後、太陽から降り注いだ光は始めてシアノバクテリアに捉えられ、生命活動のためのエネルギーとして利用されるようになった。この間、ほとんど無限回の偶然の試行が繰り返されては、失敗に終わったのだと思われる。今、直ちに成果を生まない科学研究への予算が削減されていて、日本の科学の基礎体力の低下が懸念されている。現在の政府の方針は、十年に一度、百年に一度の大発見や大発明には興味がない、優秀な人材が中国や米国に流れても構わない、ということを事実上意味している。そのようなことを彼らに決めさせて良いのか疑問だし、少なくとも、最初に削減すべきは、無駄な国会や地方議会の議員、無駄な公共建築物の方ではないか。長期的視野に立った判断が求められている。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

To_Decide_the_Question_convert_20200518131259.jpg
To Decide the Question, John George Brown, The Metropolitan Museum of Art

三人の老人が様々な表情としぐさでまったく同じところを見つめているのには理由がある。そこに誰かがいるからだ、と解釈される。多くの重要な生体分子は、電気伝導体でも絶縁体でもなく、その臨界転移点に位置する臨界伝導体だ。電気伝導性の境界線上に位置するというのは分子の性質としてはかなり稀であり、生命が作ることのできる分子が天文学的な種類に及ぶことを考えると、このような臨界伝導性を有する構造に偶然当たる確率は極めて小さい。強い進化圧が作用しているのは間違いない。有機分子中での電子のトンネル効果の利用がこれに関係している、とされる。

アリゾナ州立大学教授ポール・デイヴィス著「生物の中の悪魔」(SB Creative)によれば、ゴムやプラスチックのような有機物質は、絶縁体として使われている。たとえばヌクレオチドやアミノ酸の中で電子がどうやって通り道を見つけるのか?その答えは、「ボールが窓ガラスをすり抜ける」効果、いわゆるトンネル効果と呼ばれる量子現象にある。電子はなぜタンパク質の中を通りたがるのか?その一つの理由が代謝だ。酸化やATPの合成に関わる酵素の働きは、電子の高速輸送にかかっている。電子の滑らかなトンネル効果が、生命のエネルギー生成マシンの潤滑剤となっている。ガボア・ヴァッタイらの解析によると、「量子デザイン」は代謝に限らず生物の一般的な特徴かもしれないという。ヴァッタイらは、何種類かの重要な生体分子が電気伝導体と絶縁体のあいだのどこに位置しているかを調べることで、この結論にたどり着いた。絶縁体と不規則金属との臨界転移点に位置する新たな一連の伝導体が特定され、多くの重要な生体分子がそのカテゴリーに含まれるという。それどころか、「生化学的プロセスに積極的に関わる分子のほとんどは、この転移点上に正確に調節されていて、臨界伝導体である」とヴァッタイらは考えている。電気伝導性の境界線上に位置するというのは分子の性質としてはかなり稀であり、生命が作ることのできる分子が天文学的な種類に及ぶことを考えると、このような臨界伝導性を有する構造に偶然当たる確率は極めて小さい。強い進化圧が作用しているのは間違いない、という。

ヒトが量子の存在を認識したのはつい最近20世紀のことだが、電子のトンネル効果自体は生命誕生のそのときから現在に至るまでずっと利用されてきたということのようだ。生化学的プロセスに積極的に関わる分子のほとんどが、絶縁体でも伝導体でもなく、臨界伝導体であるとするならば、それは、生命が、量子トンネル効果を結果として利用して、有機分子中での電子の高速輸送を実行してきたことと関係していると解釈するしかないのだろう。酸化やATPの合成に関わる重要な酵素の働きが、電子の高速輸送にかかっているのであれば、強い進化圧が作用して、それを可能にする臨界伝導性を有する生体分子の構造が選ばれてきたということになる。親の愛もこれに少し似ているところがあると言えるかもしれない。子供は親の愛を特別に意識せずに育ち巣立っていく。やがて自分自身が親になって、親としての愛を意識することになる。自分に対する親の愛も、認識するかしないかとは無関係に、実は誕生の時からずっと変わらずにあって、自分の成長を可能にしてくれていたということに気づくことになる。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

ダース・ヴェイダー

Study_in_a_Wood_convert_20200518131213.jpg
Study in a Wood, Daniel Huntington, The Metropolitan Museum of Art

静かな林の中での勉強であれば誰にも邪魔されずストレスもないだろう。しかし、ストレスの全くない世界はない。ストレスを受けた細胞は、変異速度を速める古代の遺伝子ネットワークを呼び覚ますことでガン化する、と考えられる。このネットワークは、生命の最も基本的な機能を実行するものとして、最も厳重に保護されていると予想される。また、いくつかの腫瘍遺伝子は、胚発生と関係している。進化によってガンが根絶されていない理由は、こういうところにある、とされる。

アリゾナ州立大学教授ポール・デイヴィス著「生物の中の悪魔」(SB Creative)によれば、ガンは傷ついてランダムに暴れ始めた細胞ではなく、ストレスに対する組織立った効果的な生存反応として太古から存在するものだ。キンバーリー・バッシ―とルイス・シスネロスの研究では、進化年代が9億5000万年より古い劣性ガン遺伝子は、細胞周期の制御と、二重鎖切断によるDNA損傷の修復という、中核的な二つの機能に強く集中しているという結果が出てきた。DNA修復経路に含まれる、変異していない遺伝子は、苦境から抜け出す道筋を進化させることで生き延びようとする破れかぶれの取り組みにおいて、細胞の変異速度を高める役割を果たしていた。細菌は二重鎖切断を感知すると、ずさんな修復メカニズムに切り替えて切断箇所の両側に変異の痕跡を残すことが発見されている。ガン細胞も二重鎖切断の修復箇所の周囲に損傷のパターンを残している。ストレスを受けた細胞は、変異速度を高める古代の遺伝子ネットワークを再び呼び覚ますことでガン化する、と考えられる。もし腫瘍が本当に古代の形態への先祖返りなのだとしたら、ガンを引き起こす古代からの経路とメカニズムは、生命の最も基本的な機能を実行するものとして、最も厳重に保護されていると予想できるだろう。進化によってガンが根絶されていないもう一つの理由は、ガンが胚発生と関係していることだ。いくつかの腫瘍遺伝子が発生の際に重要な役割を果たしていることが、30年前から知られている。それらの腫瘍遺伝子を取り除いてしまったら大惨事だろう、という。

9億5000万年前、ガンはすでに存在していた。そのガンはウィルスのように生命体を転々と移動しつつ自己増殖し続けるわけではない。最初から最後まで一個の生命体の中にとどまるしかない。それは危機に陥った多細胞生物を生き残らせるための手段の、失敗した発現形態の一つだ。変異速度を速める古代の遺伝子ネットワークは、生物にとっての、いざという場合の、生き残りのための最後の手段だ。現状のままでは死滅してしまうという状況において、ひょっとすると変異した遺伝子なら厳しい環境を乗り越えさせてくれるかもしれないという、勝つ確率の低そうな賭けに出るということだ。太古の時代以来、ガン細胞がそのような状況において多細胞生物にシステム的に発現してきたとするなら、細胞にとって何らかのストレスが存在するのであれば、ガンの発生もほとんど避けられないということになる。悪の権化と思われていたダース・ヴェイダーが、実はルーク・スカイウォーカーの父であったようなものか。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

王の如く

Side_of_a_Greenhouse_convert_20200518131116.jpg
Side of a Greenhouse, George Cochran Lambdin, The Metropolitan Museum of Art

植物の人工的栽培に起源があるように、ガンにも起源がある。多細胞生物が誕生した当初からガンも存在したと推定されている。ガンとは、単細胞生物がとる、全体のためではなく自分自身のための利己的な戦略の産物だ。ガンの取り締まりがうまくいかないことがあるのは、腫瘍抑制遺伝子として働く遺伝子が、放射線や発ガン物質によって傷つけられたり、ガン細胞が、化学的なマントをかぶって、免疫の監視取締りから身を隠すことができるからだ、とされる。

アリゾナ州立大学教授ポール・デイヴィス著「生物の中の悪魔」(SB Creative)によれば、ガンにかかる生物のカテゴリーが一点に収束するのは、10億年以上昔だ。ガンは多細胞生物と同じくらい昔から存在していると考えられる。単細胞生物から多細胞生物になるというのは良いアイデアで、我々のためにも役立っているが、悪い面も持っている。個々の存在が全体の共同事業に加わると、だましの恐れが必ず出てくる。だますとは、単細胞生物が取る「誰もが自分のために」という利己的な戦略、つまり「分裂、分裂、分裂」ということだ。抑制を受けない増殖、すなわちガンだ。これを防ぐには複層的な制御調節機構が必要で、個体全体はだましを防ぐために取り締まりをしなければならない。取り締まりがうまくいかないのはなぜだろうか?それにはいくつもの理由があり得る。分かりやすい理由が、放射線や発ガン性物質によって「取り締まり遺伝子」の一つが傷つくことだ。P53という遺伝子は、腫瘍抑制因子として作用するので、これが傷つくと、腫瘍が抑制されなくなる。もう一つの引き金が、免疫抑制だ。適応免疫系は、責任の一環としてガンの監視を担っている。適応免疫系が適切に機能していれば、初期のガン細胞は問題を引き起こす前に発見されて破壊される。しかし、ガン細胞は、化学的なマントをかぶって、免疫の監視取締りから身を隠すことができる、という。

ガン細胞の戦略は、個体全体の中で、自分だけが抑制を受けない増殖をするということのように見える。しかし、その戦略が完全に成功すると、個体は死亡することになるから、ガン細胞も同じく死亡して終わることになる。つまり、ガン細胞には、増殖できないという失敗か、増殖し過ぎて個体を死亡させ自分自身も死亡するという失敗しかないことになる。このことは、ガン細胞が存在する意味は、意外にも、自己増殖自体以外の別のところにあるということを示唆している。ドナルド・トランプはアメリカ社会に発生したガンのようなものだ。自分自身のために他者を騙すことをためらわず、数々の虚偽の主張によって社会全体からの取り締まりを実質的に免れ、リアリティショーの延長線上でついには国家としての取り締まり機能自体をも自分がコントロールするまでになってしまった。今は大統領としての任期中に一族の恩赦をあらかじめ実行してしまおうと考えているらしい。しかし、自分自身を恩赦することは、共和党系の判事が多数を占めるようになった最高裁でも認めることはないだろう。それは、一人の市民だけが王の如く法の上に立つのを許すことを意味するからだ。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

切り札

Off_Greenland—Whaler_Seeking_Open_Water_convert_20200518130807
Off Greenland—Whaler Seeking Open Water, William Bradford, The Metropolitan Museum of Art

グリーンランドといえば一年中雪と氷に覆われたところという固定されたイメージがあるかもしれないが、それは正確ではない。夏が来ればこの極北の地でも高山植物の花が咲きだす。ゲノムについてのイメージも同様だ。RNAの配列が修正されるメカニズムがいくつもあり、またRNAが自身の配列をDNAに書き写すこともある。ゲノムは、読み出し専用のデータファイルではなく、読み書き可能な情報保存システムとして考える方が正確だ、とされる。

アリゾナ州立大学教授ポール・デイヴィス著「生物の中の悪魔」(SB Creative)によれば、逆転写という現象が知られている。通常はDNAから配列を転写されるRNAが、ときに自身の配列をDNAに書き写すことができるというものだ。DNAから情報が転写されたのちにRNAの配列が修正されるメカニズムがいくつもあるため、逆転写は、細胞がRNAの修正を介して自身のDNAを変化させる道を開く。今では明らかになっている通り、多様な逆転写プロセスが進化にとって重要な役割を果たしていて、たとえばヒトとチンパンジーとの遺伝的な違いの大部分はそれで説明できる。ジェイムズ・シャピロは、細胞がシステムのレベルで作用して、自身のDNAに含まれる情報に影響を及ぼす、「自然の遺伝子工学」のプロセスのメカニズムを、合計で10種類ほど特定している。ゲノムを「修復するかしないか」、「どのように修復するか」の決定は、細胞内の多様なタンパク質や、それらが細胞周期の途中で受ける修飾に左右される。ゲノムは、読み出し専用のデータファイルではなく、読み書き可能な情報保存システムとして考える方が正確だ、という。

ゲノムがもし読み出し専用のデータファイルであったなら、生物の進化は困難で、今日のような多様性も実現されなかったことだろう。700万年前のアフリカで、チンパンジーの祖先と別れたヒトの祖先に起こったことの一つは、RNAからDNAへの逆転写プロセスによるゲノムの変化であったらしい。運任せかつ無数の失敗があるとしても、逆転写プロセスやジャンピング遺伝子等のメカニズムによって、生物は自己のゲノムを変化させ、予測不能な環境変化に適応してきたということになるのだろう。家族の中に、クラスの中に、社員の中に、あるいは社会の中に、異端児がいたとしても、彼らをそれだけの理由で排除してはならない。彼らこそ、劇的な環境変化を乗り切るための切り札であるのかもしれないと思って、優しく見守るべきなのだろう。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

仮想粒子

Author:仮想粒子
仮想粒子日記へようこそ。
徒然なるままに感じたところを文章に致しました。
お楽しみ頂ければ幸いです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

仮想粒子

Author:仮想粒子
仮想粒子日記へようこそ。
徒然なるままに感じたところを文章に致しました。
お楽しみ頂ければ幸いです。

カレンダー
11 | 2020/12 | 01
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR