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終わってしまう

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Jumping fish, Watanabe Seitei, The Metropolitan Museum of Art

固体である魚が空中にジャンプしたとしても、すぐに近くの水面に落下して戻るだけだ。しかし、流体なら新しい領域に侵入・浸透することができる。一点から一立体領域への流体の流れがより急速に侵入・浸透するためには、流路は、一本の針のようになるのではなく、樹状になり、より多くの分岐レベルでより多くの支流を持ち、分岐の角度は本流よりの約100度で前方に進むようになる、とされる。

デューク大学教授エイドリアン・ベジャン著「流れといのち」(紀伊國屋書店)によれば、ヒートポンプから住宅の周りの地面へと熱を発散させる方法は、流動デザインの問題だ。まず、地下のパイプを通る流体の流れによって熱を領域全体に送り込まなければならない。この最初の「侵入」段階では、パイプの周りの熱せられた立体領域は小さいが、しだいに大きな割合で拡がっていく。次に、熱い流体が領域内のすべての流路に侵入したあと、熱は流路から近隣の土壌へと横向きに伝わる。これが「浸透」段階で、熱は隣り合う流路同士の隙間を満たしていく。熱せられた地面の立体領域の推移と時間との関係をグラフにすると、S字カーブになる。S字カーブの最も急な部分は、侵入から浸透への移行期に見られる。侵入する流路は一本の針のようになるのではなく、樹状になると予測される。一点から一立体領域への流れは、その方が速く、容易に、急なS字カーブに沿って出現する。侵入する樹状の流路が、より多くの分岐レベルでより多くの支流を持っていれば、S字カーブはなおさら急になる。もし、本流と支流のなす角度が自由に変化できれば、角度を調整して、一点から一立体領域への流れのS字カーブ全体が最も急になるようにできる。角度が自由に調整できるときには、どの分岐レベルでも約100度になるはずである。この角度で分岐した支流はやや本流よりの方向に向かって、前方に進む、という。

例えば青銅器文明段階にある国家に歴史上初めて鉄器がもたらされたとき、鉄器が国内に短期間で浸透したとすると、それは、その国の国王とその一族だけが鉄器の利用をコントロールして使用したのではなく、鉄器の流路が国内で樹上に次々と拡大したのだと推測してよいことになるだろう。新型コロナウィルスにしても、ウィルスの立場からすれば、より多くの分岐(次への感染)レベルをもって、感染者の人数を急なS字カーブを描いて増やしたいということになる。一方、ヒトの方から見れば、今のところワクチンも特効薬もないので、唯一の武器であるSOCIAL DISTANCING によって、分岐の数そのものを減らし、感染の拡大を防ぎたいということになる。もし分岐を十分に抑えられれば、当該ウィルスは宿主の体内で約2週間ほどの間に自分の運命を全うして終わってしまうことになる。宿主の免疫機構によって抑えられるか、あるいは宿主を死に至らしめることによって。だから、SOCIAL DISTANCING の強力な実行は現下の情勢で極めて重要だ。実行が遅れれば遅れるほど医療崩壊の可能性が高まってしまう。必要なら現行法を修正して、公的機関からの単なる要請ではなく、強制力を持った命令を出すことが必要な段階にあると思われる。その方が短期間での感染終息が可能だ。もちろん、経済的な被害者への支援も必要だ。しかし、中国の武漢で医療崩壊が起きたのは1月のことだ。それから3か月近くたつのに、日本ではまだ、感染軽症者の隔離施設、重症者のICU治療施設、人工呼吸器、人工心肺装置等が十分に確保できていない。このままではイタリア、スペイン、アメリカで起こっているようなことが日本でも起こってしまう。政府には、先の先まで見通した判断と、タイムリーな対策の実施をお願いしたい。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

人数によって

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Cypresses, Vincent van Gogh, The Metropolitan Museum of Art

波打つように画面に溢れるエネルギーは永遠に尽きそうにもない勢いだ。しかし、現実には、エネルギーは節約しなければならないものだ。一定の質量の貨物を運ぶにあたって燃料の消費を節約しようと思えば、都市においては、1台の大きいトラックは街区の長い方向に沿って走り、n台の小さいトラックは街区の短い方向に沿って走るべきだということになる。そのとき、都市街区の縦横比と貨物の質量比とは互いに規定し合う関係になっている。サバンナの動物の食物連鎖にも同じような関係が見出される、とされる。

デューク大学教授エイドリアン・ベジャン著「流れといのち」(紀伊國屋書店)によれば、縦横L₁L₂の長方形の領域を考えてほしい。この領域では、全質量がMの貨物を、M₁の積み荷を乗せた一台の大きなトラックと、それぞれM₂の積み荷を乗せたn台の小さなトラックが運ぶ。領域の広さと全質量Mは定数であるのに対して、領域の形状(L₁/L₂)と、トラックの相対的な大きさ(M₁/M₂)は変数だ。エンジン、機械、あるいは動物の効率は、質量のα(=1に近いが1未満)乗に比例する。その質量をある距離にわたって運ぶために消費される燃料は、その距離と{質量の(1-α)乗}に比例する。全質量Mを動かすのに使われる燃料はM₁の(1-α)乗・L₁+nM₂の(1-α)乗・L₂に比例する。燃料の消費を節約したいという衝動があると、都市街区の形がL₂/L₁=(M₂/M₁)のα乗になるはずだと予測できる。つまり、大きい車両の移動は街区の長い方向に沿ったものであるべきなのだ。次に、大きな運び手によって運ばれる質量と小さな運び手すべてによって運ばれる質量の間の均衡を保つためには、M₁はnM₂と等しくなるべきであることも予測できる。動物学では、この種の均衡は「食物連鎖」という呼び名での方がよく知られており、有限の広さの土地においては、速くて遠くまで動く大きい一羽(一頭、一匹)の動物は、遅くて短距離を動く多くの小さな動物と暮らしている、という。

理論的には上記のような関係が成立するとしても、実際にそういう計算をしているヒトもいないし動物もいない。ヒトの場合には、人件費、大型トラックと小型トラックの購入価格の差、高速道路料金等、考慮すべき要因が上記の事例よりもはるかに多いということだ。ただ、運送業者の常識では、荷物の積み下ろしを含めて、小型トラックで10往復しなければならないところを、大型トラックでなら1回で済むから長距離を走るのは大型トラックで、また短距離のところはしばしば道が狭すぎるから、そこを走るのは小型トラックだということになっているだろう。荷物の輸送の場合には、必ずしも、小型トラックと大型トラックで運ばれる質量の均衡を保つ必要はない。抽象的理論で複雑な現実のすべてを説明することはできないが、それは、現実の背後にある隠れた事情を単純化して説明してくれる、ということだろうか。新型コロナウィルスの感染拡大防止策について、科学の基礎をなすものだからといって物理学者に意見を聞こうという人はいない。医学の中の感染症の専門家に意見を聞くことになる。しかし、彼らにも、学校休校中の教育をどうすべきかとか、甚大な影響を受けているホテル、観光業、飲食店、イベント関係者、企業等の支援をどうすべきか、またどのようにして感染防止用の医療器具やベッドを必要なだけ調達すべきか等について、専門的意見を提出することはできない。それは、まさに政治家の総合的判断ということになる。政治家が各方面の専門家の意見を参考にしながら、必要な施策をタイムリーに実行していかなければならい。一般の国民も感染拡大防止に協力することが求められている。関西の某大学の学生たちのような、自粛が呼びかけられているさなかの常識的判断ができていない行動は、同大学全体の評価を貶めるものと言われても仕方がない。今、日本だけではなく世界各国の危機対応能力が問われている。最終的には、新型コロナウィルスによる各国の死者の人数によって、それぞれの能力が比較され評価されることになるだろう。

テーマ : 文明・文化&思想
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上質

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Chariot of Apollo, Pinturicchio, The Metropolitan Museum of Art

古代ギリシャ人は太陽神アポロが二輪戦車で空をかけるところを想像したが、まさか彼らの子孫が実際に空を飛ぶようになるとは想像もしなかっただろう。空の旅は今や全くの日常的行為になっている。忙しい旅人のために、アトランタ空港は空港内の平均的移動時間が最短になるようなデザインになっている。移動速度の条件から空港の縦横比はおよそ1/2になっている。縦に歩く移動にかかる時間は、横に移動する電動モノレールに乗る時間とほぼ同じだ、とされる。

デューク大学教授エイドリアン・ベジャン著「流れといのち」(紀伊國屋書店)によれば、都市内の動きのデザインの秘訣は、ゆっくり移動するのに必要な時間と、速く移動するのに必要な時間とをほぼ同じになるようにすることだ。アトランタ空港は、幅L、奥行きHの長方形の領域を占めている。短くて遅い移動は、長さ2分の1・Hのコンコースに沿って速度V₀で歩くもの、長くて速い移動は、Lの中心線上を速度V₁で走る電動モノレールに乗るものだ。HLという長方形の平面領域がとり得るあらゆる形状のうち、縦横比がH/L=2V₀/V₁のものが、移動時間(HL内で考え得る、一点と一領域を結ぶあらゆる移動の平均)が最も短くて済む。ちなみに、この縦横比はおよそ1/2で、これは、現在のアトランタ空港のデザイン形状と一致する。この特別な形状には、重大な秘密が隠されている。コンコースを歩く(短くて遅い)移動にかかる時間は、電動モノレールに乗る(長くて速い)移動にかかる時間とほぼ同じなのだ(アトランタ空港の場合には約5分)、という。

忙しい旅行者のことを最優先に考えれば、空港のデザインは縦横比が例えば1/2になるとしても、空港として十分なスペースが確保できないとか、空港内の売店やレストラン等の広さや位置が優先されてしまうとか、接続する交通機関との関係が優先されてしまうとか、さまざまな事情があって、理想的デザインになっていないという場合もあるだろう。逆に言えば、縦横比1/2からの乖離の程度によって、どういう事情が優先されたかが推測できるということでもある。成田空港や羽田空港はどうなっているのだろう?日本から出国するときは、時間に余裕を持って出かけるから、空港内で急ぐこともないが、長時間のフライトを経て帰国するときには、一刻も早く家に帰りたいと思っていることが多いから、移動時間が最短になるようなデザインになっているとすればありがたい。たとえ旅行者が気づくことがなくても、空港の方が旅行者のために配慮しているのだとすれば、そのことに感謝しなければならない。普通の人々に対する一見して見えない配慮が行き届いている社会は、上質といえるだろう。一方、権力の乱用、権力からのおこぼれの能天気な享受、権力への追従、権力のための隠蔽が存在する社会は不幸だ。

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拍子抜け

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Buffalo and Herdsman, Kawanabe Kyōsai, The Metropolitan Museum of Art

家畜としての牛は普段その能力の限界の速さで走ることはほとんどない。何の因果か、ヒトは能力の限界を試そうとする。その結果、オリンピックでの競技記録は上昇し続けている。しかし、走行速度には決して突き破れない上限が物理によって定まっている。今日の100メートル自由形の水泳競技記録も、100メートル走の陸上競技記録も、物理的上限(それぞれ、毎秒4.4メートルと毎秒22.0メートル)の2分の1に達している、とされる。

デューク大学教授エイドリアン・ベジャン著「流れといのち」(紀伊國屋書店)によれば、動物と人間の移動は、物体が繰り返し前方に傾倒するものなので、物理の法則に従う。背の高い物体はより速く前方に倒れるから、速度の限界についての疑問は、プールやトラックで前方に倒れることのできる最も背の高いものを突き止めるという課題に煎じ詰められる。プールでは、最も背の高いものは、水の深さを振幅の上限とする波で、h=2メートルとなる。その速度Vmaxは4.4メートル毎秒となる。最速の泳者はこの波を生み出せるほど強く、それに乗れるほど大きくなければならない。今日の速度の記録はたまたま2分の1・Vmaxに近い。驚くべきことに、走る速度についても同じことが当てはまる。x=100メートルという距離を最速で走りぬく物体が前に倒れる高さには、100メートルという上限がある。その上限で倒れる時間は4.5秒で、最高速度は22メートル毎秒となり、これも現在の100メートル走の優勝速度の約2倍だ。ここでの発見は、上昇をし続ける走行速度には決して突き破れない上限が物理によって定まっており、今日の最高走行速度は水泳の場合とちょうど同じで、2分の1・Vmaxに実質的に等しいということだ、という。

100メートル自由形や100メートル走の速度の物理的上限にどこまで人類が迫れるのかは厳密に言えば定かではない。しかし、競技記録の上昇ペースの方は明らかに落ちてきている。世界記録は人間の能力の限界に近づいてきているということは言えるだろう。そうなると将来は、誰もスポーツ競技の世界記録に興味を持たなくなってしまうのだろうか?それとも何らかの運動補助器具の装着を認めて、新しい競技の記録を競うようになるのだろうか?そういえば、テレビドラマや映画の脚本を書く能力にしても人間の能力の限界に近づいているのかもしれない。最後まで夢中にさせられ、見終わって、なお感心するようなものに、最近出会っていない、ような気がする。TBS日曜劇場「テセウスの船」の最終回は見事なまでの着地大失敗と感じてしまった。このテレビドラマにおいて犯人は、他人の考えや状況を的確に見抜くだけの知性と、冷酷に連続殺人を犯す凶悪さと、計画通りに物事を進める実行力を持った人物だとシリーズ全体を通じて描かれてきた。犯人らしい怪しい人物が何人も登場して、犯人は一体誰なのかに視聴者は惹き付けられた。ところが、最終回に判明した犯人については、そのような特徴に該当する人物だという伏線が敷いてなかったし、これまですべての計画をほぼ完璧に遂行してきたにもかかわらず、最終回だけ十分な準備も理由もなくあえなく失敗してしまうというのもあまりにも一貫性がない。最後の計画が、主人公の父親である警官を殺すことではなく、彼に自分を殺害させて犯罪人にするということであったのかもしれないとしても、拍子抜けだった。

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種は尽きない

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Cat Watching a Spider, Oide Tōkō, The Metropolitan Museum of Art

ネコの脚とゾウの脚を同時に見る機会はほとんどないが、より大きな陸性動物は、より太い脚を持つ。ネコ、ライオン、ゾウの順番で、体を持ち上げるための器官である脚が全質量Mに占める割合が、Mの3分の1乗に比例して増える、とされる。

デューク大学教授エイドリアン・ベジャン著「流れといのち」(紀伊國屋書店)によれば、脚の筋肉を、高さL、直径Dの垂直の円柱とみなす。より大きな陸生動物は、より太い脚を持つ。その脚は体の全質量Mに占める割合がより大きい。ネコ、ライオン、ゾウの順番で、全質量が増え、持ち上げるための器官である脚が占める質量の割合がMの3分の1乗に比例して増え、脚の細長比(L/D)はMの6分の1乗の割合で減る。だから、同じ大きさで描いた図では、ネコの脚はゾウの脚よりほっそりしている。持ち上げるための器官の細長比の関係に基づけば、大きな化石の骨の細長比を計測して、その器官が持ち上げていた動物の質量を予測することもできる。物理の原理は未来と過去を覗く水晶玉の役割を果たす、という。

素人に、ネコ、ライオン、ゾウの絵を同じ大きさで描かせたら、それらの脚の太さに違いをつけることはないかもしれない。日常では、三種類の動物たちを同時に見て比較することはまずないから、違いをはっきりと認識していない。しかし、出来上がった絵を見れば何となくおかしいあるいは奇怪だと多くの人が感じるし、実際には、脚が占める質量の割合は体の全質量の3分の1乗に比例して増える関係にあるという。地球上の陸生動物は例外なくそのようなたった一つのルールに従っている。つまり、そこには好みや戦略の余地がない。しかし、同時に、そのルールは長い進化の過程を経て獲得されたものだから、もはやそれに従っていれば失敗ということはない。これが、もし企業の全資金調達額に占める借入金の比率であれば、借入金の比率が高いアグレッシブな戦略と借入金の比率が低いコンサーバティブな戦略等とが見られ、各社あるいは各社の発展段階によってさまざまに異なっていることになる。だが、選択の余地があるところには、結果としての失敗もあれば、成功もある。男と女の関係にも、唯一の正解はなく、選択の余地がある。芸能人とリポーターとの間の受け答えにも唯一の正解はない。だから、週刊誌の記事やテレビのバラエティ—の話題の種は尽きない。

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